(社説)憲法の平等原則 一人ひとりが使って生かす

社説

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 高すぎる理想だったと、思いたくはない。

 終戦の2年後、1947年5月3日に施行された日本国憲法は、国民が主権者であり、法の下に平等で人種、信条、性別などで差別されないと宣言した。

 平等原則を欠いていた明治憲法のもと、女性に選挙権がなく、戸主が強い権限をもっていた戦前からの、大きな転換だった。

 家制度や身分制度の否定は新しい社会の土台となった。だが今も、差別や不平等はさまざまな形で存在している。

 個人の尊重を高く掲げた憲法の理念を、私たちの生活に真に息づかせるには、どうしたらいいのだろう。

 ■「憤り」が力になった

 戦前、女性で初めて弁護士になった三淵嘉子(みぶちよしこ)ら3人の生涯を、京都市の弁護士、佐賀千恵美さん(71)が本にしたのは、33年前のことだ。

 1980年に検事になったが、同じく全国転勤のある裁判官と結婚することになり1年で退職。取材を始めた当時は主婦専業で3歳と1歳の子育てをしながら、「これでいいのかな」と迷いもあった。

 戦前、結婚した女性は法的には「無能力者」とされ、働くにも夫の許可が必要だったのに、法曹への道を切り開けるとなぜ思えたのか――。知りたくて、三淵の家族や元同僚らに話を聞いたという。

 その三淵がNHK連続テレビ小説「虎に翼」のモデルになり、あちこちでぶつかる壁が「昔のエピソード」でなく今に通じる問題と受け止められるとは、佐賀さんも予想していなかった。

 弁護士として働き始めてからは、教会牧師の性加害や企業のセクハラ対策の責任を問う裁判などを経験してきた。「憲法が変わったからといって、人々の価値観がただちに変わったわけではない。『戦前の尾っぽ』を引きずってきたのです」と話す。

 戦前、女性は弁護士になれても裁判官や検事にはなれなかった。男女平等が明記された新憲法が施行される2カ月前、三淵は裁判官の職を求めて司法省に乗り込んだ。無謀とも思える行動はそれまでの憤りからだが、そのことで重い門が開いたのはたしかだ。

 ■制度を最適化する

 憲法だけでは、社会は変わらない。終戦の4カ月後、衆院議員選挙法が改正され、男女平等の選挙権が実現した。多くの法制度も一新され、47年12月の民法改正で家制度は廃止された。

 それでも歳月とともに、人々の意識や人権規範と、既成のしくみにはずれが生じる。そんなとき、司法が憲法違反を指摘する切り札の一つとして平等原則は機能してきた。

 この10年余りでも、婚外子の相続分を半分とする民法の規定、女性だけにあった6カ月の再婚禁止期間、海外在住者は最高裁裁判官国民審査ができない制度などを違憲とし、国会が法を是正した。

 近年は、同性カップルに結婚による保護を認めない民法の規定を違憲とする地・高裁の判決も続いている。

 属性などで区別する法制度で、悩み苦しむ人がいることもある。許容される区別か、絶えず精査することが不可欠だ。「違憲の法」はいずれも、最高裁に言われるまでもなく改正の機会があった課題であり、国会・政府が怠慢つづきだったことは否めない。

 その行為を審査する司法も現状を追認し、救済に後れをとることが少なくなかった。

 「お任せ」では済まないと人々が気づかされたのが、憲法と過ごした77年間だったのではないか。

 ■矛盾に気づいたとき

 東京都内の会社員の男性(54)は2019年、妻を過労死で亡くした。労災認定されたが、労災保険法では、残された夫が55歳未満の場合、一律に遺族補償年金を支給されないと知って耳を疑った。

 配偶者を亡くしたのが妻なら、年齢制限なく生きている間は受け取れる。遺族補償が年金化された1965年当時の「男性が一家の大黒柱」という前提に立っており、性別で扱いが違っている。

 この男性の場合、共働きで子どもたち3人を育て、妻の収入の方が4割ほど多かった。周囲をみても「夫が稼ぎ主」の家族ばかりではない。

 労災保険法の規定が憲法の平等原則に違反すると訴える裁判を先月、起こしたのは、気づいた人が声を上げないと不条理は変わりそうにないと感じたからだ。

 遺族補償などの男女差は欧米にもあったが、司法による違憲判断などを経て、20世紀中に是正が進んだ。

 結婚する2人は同姓になるしか選択肢がない民法の規定をめぐる第3次裁判も、3月に起こされた。最高裁が過去2回、国会の裁量を広くみて「合憲」としてきた問題が、問い直されることになる。

 選挙に行って、代表に送り出したい人を選ぶ。矛盾を問う裁判を支援する。だれかが困っている問題について、身近な人と話してみる。そのような主権者の姿勢なしに、憲法の理想は追いきれない。

 意識し、使ってこそ、それぞれの規定は命をもつ。

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